ほしのあきが8年ぶりにメディア登場! 自身のグラビアを振り返る「きっと顔の印象と体のバランスが違うし、年齢もあって、そのギャップが良かったのかな」

タレントのほしのあきが、『週プレ プラス!』の連載コラム『週刊プレイボーイ創刊55周年スぺシャルインタビュー 7日間の女神たちへ!!』に登場した。

"最年長グラビアアイドル"としてゼロ年代のグラビア界を席巻し、タレント・女優としてテレビでも活躍。『週刊プレイボーイ』には、2001年の初グラビアから通算23回登場、さらに表紙を8回も飾るなど、絶大な人気を集めた。

今回、メディアに登場するのは実に8年ぶりとなる彼女が、自身のグラビアを振り返り、今思うこととは――?

* * *

――グラビアデビューのきっかけからお話を聞かせてください。

ほしの 最初、ティーン誌のモデルからデビューしたんです。でもティーン誌のモデルを卒業してから仕事がなくて......。たまに男性誌のグラビアにちょこっと出る程度で、仕事もほぼしない状態が続いていたんです。

何をやるにしてもまず名前が売れないと仕事につながっていかない。そう思った時にコンビニに置いてある雑誌を見て、名前と顔が大きく扱われている男性誌が目に入ったんです。それで、マネージャーと一緒にとにかく営業に行きました。でも、最初の頃はメジャー誌になかなか相手にしてもらえませんでした。

――そうでしたか。意外です。

ほしの ほぼ全部回りましたね。コンビニで雑誌の裏を見て、電話番号と住所、担当者などメモるんです。マネージャーが「今から行ってもいいですか?」って。攻めていきましたね。

――水着はもちろんですが、肌の露出も求められることに抵抗はなかったですか?

ほしの それは全然なくて。抵抗はなかったです。仕事が増えていくと、だんだん布が大きく多くなるパターンでした(笑)。

――グラビアの仕事を続けてきた中で、表情に変化が出ますよね。ほしのさんの場合、童顔でしょ。そこが売りになっている。童顔だけどセクシーっていう所がね。

ほしの きっと顔の印象と体のバランスが違うし、年齢もあって、そのギャップが良かったのでしょうか。

――作品を眺めていると、どうしたらこのような「くびれ」ができるのか、すごいですね。今はCGでできちゃいますけど。

ほしの 確かに本物ですよ。きっと私は、お尻、骨盤がしっかりしていて上半身が細いから、そのギャップでうまくくびれが出来たのだと思います。

『週刊プレイボーイ』2004年18号より(撮影/小塚毅之)
『週刊プレイボーイ』2004年18号より(撮影/小塚毅之)


――人生の折り返しに来て、グラビアアイドルをしてきたことをどんなふうに捉えてますか?

ほしの 17歳から20歳までティーン雑誌をやって、その後、もちろんお姉さん雑誌のモデルも考えましたが、身長が足りなくて。じゃあタレントで行こうって。でも仕事がなくって。その時期が長く感じます。

童顔っていうのもコンプレックスで、さらに猫背でした。他人の視線も気になって。でもグラビアと出会って「そこがいい」って言われて。それが仕事になっていく。自分を生かせるって思ったんですね。「あ、いいんだ」って、自分を肯定できる場所がグラビアでした。

『週刊プレイボーイ』2007年38号より(撮影/小塚毅之)
『週刊プレイボーイ』2007年38号より(撮影/小塚毅之)


――素の自分とグラビアアイドルとしての自分の、ギャップに疲れることはなかった?

ほしの 全くなかったです。自然体で楽しみながらやってこれました。

――すごいね。今、家庭を持って母になって、価値観が変わったとかありますか?

ほしの 何も変わってないですね。基本的に。美しくいたいということは、自分がだらしなくなってはいけないということだと思ってます。幸せの感じ方も、歳を重ねて大切にすることが変わってきました。グラビアの時は自分が一番大切でした。でも結婚して子供ができて、大切なものが変ってきましたね。

●ほしのあき
1977年3月14日生まれ。東京都出身。高校時代にティーンズ誌『プチセブン』の専属モデルとしてデビュー。2001年頃よりグラビアで人気に火が付き「最年長グラビアアイドル」として数々の雑誌の表紙をジャック。その活躍は雑誌だけにとどまらず、多くのバラエティ番組でも大活躍した。一児の母。

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