2022年7月29日 取材・文/とり
あまり表に出ることのないカメラマンに焦点を当て、そのルーツ、印象的な仕事、熱き想いを徹底追究していく本コラム。“カメラマン側から見た視点”が語られることで、グラビアの新たな魅力に迫る。週プレに縁の深い人物が月一ゲストとして登場し、全4回にわたってお送りする。
第11回目のゲストは、8月2日に発売予定の劇団4ドル50セント・安倍乙のファースト写真集『吐息の温度』を担当している前康輔氏。乃木坂46の写真集をはじめ、ここ数年でグラビアのオファーが急増中。“グラビア初心者カメラマン”の彼が語る、グラビアの魅力とは。
――8月2日には、前さんがカメラマンを担当された安倍乙さんのファースト写真集『吐息の温度』が発売されます。食べて、遊んで、笑って。開放的な沖縄旅の記憶をそのまま閉じ込めたような一冊で、終始、安倍さんの表情が活き活きとしているのが印象的でした。
前 乙ちゃんは、カメラを向けられても常に自然体で振る舞っているような人ですからね。作り込んだ表情なんて、この写真集にはひとつも写っていないと思いますよ。なかには、カメラを前にすると仕事モードに入ってしまう人もいます。そういう人には、よく「何も考えず、ただその場の空気を感じてみて。そしたら、それがそのまま表情になるから」といったような声をかけます。楽しいときには笑顔になるし、夕日を見て切ない気持ちになったら、自然と表情も切なくなる。その場で起こった出来事に対して、どんな表情になるか。僕が撮りたいのは、そのドキュメンタリーの部分なので。特に今回は写真集だから、ページ数が多い分、旅の雰囲気も伝わりやすいし、移動中や食事中のカットなど、普段のグラビアでは使われないであろうカットもたくさん収録されています。きっと、22歳の乙ちゃんのありのままを感じてもらえるんじゃないかな。
安倍乙ファースト写真集『吐息の温度』より
――今の安倍さんのありのままを撮るにあたって、事前に下調べはされたんでしょうか?
前 いや、していないですね。乙ちゃんは、以前週プレの撮り下ろしでご一緒したことがあったし、ある程度どんな人か分かってはいたけど、写真を撮るうえで、その人の肩書きや経歴は、さほど重要じゃないですよ。会ってみて、僕が何を感じるか。相手が僕にどんな姿を見せてくれるか。下調べで得た先入観で想像できるその人を撮っても仕方ないじゃないですか。実際にお会いすれば、想像と違うところもあるでしょうし、その場で知る魅力が全てです。相手が誰であろうと、意識的に、事前情報は入れないようにしていますね。
――なるほど。それが、前さんなりの“ドキュメンタリーへの向き合い方”なんですね。
前 人が桜の花を見て美しいと感じるのは、きっと、すぐに散ってしまう儚さのようなものを知っているから。それは、造形的な美しさとはまた違うもので、人に対して感じる美しさにも同様な部分があると思うんですよね。写真集の発売はこれからですが、収録されている写真は全て過去のもの。言葉にするとありきたりですが、この写真集には、その瞬間にしかない乙ちゃんの美しさがとにかく詰まっていると思います。本人にその気はないかもしれませんが、見返すと、どれも儚い瞬間に思えて切なくなってきます(笑)。
――とはいえグラビアは、完全なるドキュメントとは言い切れない気がします。ストーリー的な演出があったり、分かりやすいところで言うと、より欲情的に見せるために、思い切り胸を寄せていたり。必ず、どこかで作り込んでいるところがありますよね。
前 そういうのは作品作りに必要な過程に過ぎないというか。プロのスタイリストさんやヘアメイクさんが素敵に仕上げてくださったその人を撮るところからドキュメントが始まるので、その過程でどんな作り込みがあろうと、僕にはあまり関係ありません。ときにグラビアの現場では、僕も衣装合わせに参加して意見を言わせていただきますけど、何を着ていようが、カメラを構えた瞬間、ドキュメントにはなるんですよ。すっぴんでも、濃い化粧をしていても同じです。
――どんなに相手が着飾っていたとしても、カメラを構える前さんとその人の間に流れる空気は、紛れもないドキュメンタリーであると。
前 そうです。さらに言えば、僕は、撮らせてもらった相手の肌を自分でレタッチすることも一切ありません。カメラマンの立場で少しでも修正を加えようものなら、それは、相手を否定するのと同義です。その場で見て「美しい」と思って撮っているんです。実際、みなさんが見ているほとんどがレタッチ済みの写真だとは思いますが、本来ならば、修正せずとも十分美しく写っているはずなんですよね。
――レタッチが大切さは理解しつつも、いち読者として、「もう少し生っぽい方がより写真に集中できるのに」と思ってしまうことはあります。見え方にこだわるか、写真にこだわるか。難しいところですよね。
前 僕が撮らせてもらう人の多くは、表舞台に立つタレントさんです。肌のきれいさや見え方にこだわるのは、彼らなりのプロフェッショナルだし、僕がとやかく言うところではありません。ただ、僕が写真を撮る上で大事にしたいのは、“写真を見た人がどれだけ不安や悩みから解放されるか”なんですよね。そういう意味では、ツルツル肌=美しいという美的感覚は、そろそろ変えていかないといけないんじゃないかと思っています。大好きなタレントさんの写真集を見て「毛穴ひとつないツルツル肌じゃないと美しくないんだ」と思い悩んでしまう人がいたとしたら、本末転倒ですよ。ちなみに、昨年出させていただいた弘中(綾香)さんの写真集『ひろなかのなか』(講談社)は、肌のレタッチ0です。われながら、画期的な一冊になったと思います。今どき、ノーレタッチで写真集を出そうとする人なんて、そういませんからね。
――そのような細かな心がけがあるかないかで、読者への伝わり方が変わると思うと侮れませんね。と、前さんの写真に対する考え方が分かってきたところで、お決まりの質問に移らせてください。週プレ グラジャパ!にある作品のなかで、特にお気に入りの一冊を挙げるとしたら、どの作品になりますか?
前 そうだなぁ。高崎かなみさんの『デートしたい、愛されたい』ですかね。グラビアの定番である、温泉旅館で一泊のシチュエーション。そのなかで本当にドキッとする瞬間は、客室でお酒を飲んで酔っぱらうシーンにあるんじゃないかと、打ち合わせで編集さんと話していて。それで、実際に客室でお酒を飲んでもらったら、リアルに親密な関係性が感じられるような写真が撮れたんですよね。編集さんが組んでくださった本誌の構成も好きだったし、スゴく気に入っています。
高崎かなみ『デートしたい、愛されたい』
――ピンボケしているカットが扉になっていて、とてもインパクトがありました。週プレで初表紙を飾って、紙の写真集もリリースされて。ひとつ大きな目標を達成されたあとだったからか、高崎さん自身も、これまで以上にリラックスしている印象でしたしね。
前 それから藤木由貴さんの『雨上がりに、泳ぐ。』も気に入っています。特に、本誌の扉にも使われていたこのカットは、周りからの評判も良くて。
藤木由貴『雨上がりに、泳ぐ。』
――ハレーションがきれいなこのカットですね。藤木さんも気に入っていらっしゃるそうですよ。「岩に登ってはしゃいでいたシーンが、こんなにも神秘的な一枚になるなんて……」と感動されたんだとか。
前 確かにこのとき、藤木さんはずっと「きゃーきゃー」言っていましたね(笑)。写っている本人すら、写真が上がってくるまでどう撮られているか分からないのもまた写真の面白いところです。例えその人が撮られたくないと思っているところでも、僕が魅力的に感じたら撮るし。ある意味、どの写真も盗撮です。毎回、撮影中は、心のどこかに罪悪感がありますよ(笑)。もちろん、僕は「素敵だな」と思って撮っているんですけどね。
――案外、そうやって撮られた写真が本人の強みになる世界ですしね。では最後に、今後の展望を教えてください!
前 ないです(きっぱり)。もとはと言えば、商業カメラマンだって、強く目指してなったわけじゃなかったですし……。専門学校に行って、スタジオに行って、とにかく写真を撮り続けて。目の前のことを一生懸命取り組んできた結果、今があるだけなので、将来の夢とか展望を持ったことはほとんどないんですよね。
――……小さな目標、とかもないですか?
前 昔はありましたよ。でも、それで言うと、もう叶っちゃっているんですよね。高校生の頃に「いいなぁ」と思って読んでいた雑誌で、今、自分も仕事させてもらえているし、一昨年には、『TOKYO VOICE』というフリーペーパーで、ずっと大好きな佐野元春さんを撮らせてもらえたので。やりたかったことはやり尽くしたというか。正直、もう余生みたいなものなんですよね(笑)。
――前さん、まだ40代ですよね!?余生って……、は、早くないですか?
前 誰かのために、まだやれることはあると思いますよ。でも、自分のためにっていうのは、もうあまりないかな。ただ、余生と思えば無敵です。何も怖いものがない。スゴく自由ですよ。最近は、写真とパチンコしかやっていないし、毎日とても幸せです(笑)。強いて言うなら、これからも自分が良いと思う写真をひたすら撮り続けるだけですね。
第12回ゲストは、デビューしたばかりの杉本有美や馬場ふみかを撮影してきた中山雅文氏が登場! 2022/8/5(金) 公開予定です。お楽しみに!!
前康輔プロフィール
まえ・こうすけ ●写真家。1979年生まれ、広島県出身。
趣味=写真、パチンコ
2002年ごろより、カルチャー誌やファッション誌、広告などを中心に活動。
主な作品は、田中圭『R』、与田祐希『日向の温度』、樋口日奈『恋人のように』、井上小百合『存在』、弘中綾香『ひろなかのなか』など。三浦しをん『まほろ駅前多田便利軒』、村上龍『空港にて』、吉田修一『春、バーニーズで』(挿絵写真)など、書籍のカバーも担当するほか、自身の写真集『倶会一処(くえいっしょ)』、『New過去』も。
8月2日には劇団4ドル50セント・安倍乙『吐息の温度』が発売!