『初グラビア物語~My First Gravure Story~』第12回前編 都丸紗也華

「週刊プレイボーイ」の誌面を彩り、現在、さまざまな分野の第一線で活躍する女性たち。彼女たちの人生で一回きりとなる「初グラビア」にフォーカスし、撮影にまつわるエピソードや当時の想いを綴る連載シリーズ。


今回は女優・タレントの都丸紗也華さんが登場。彼女は17歳の時、「ヤングマガジン」2014年9月8日号で、初登場&初表紙の形でグラビアデビュー。大人びた美貌と抜群のスタイルの良さで大反響を呼びました。週刊プレイボーイにはその二ヵ月後、2014年11月10日号に初登場。「この逸材感、久々」のタイトルで圧倒的な存在感を発揮し、やはり大きな話題に。


14歳で芸能界の門を叩き、女優、アイドルでの活動を通じ、注目を集めるなかでのグラビアデビュー。現在も雑誌の表紙を飾るなど、グラビア界の第一線で活動する彼女ですが、当時はグラビア出演を1年間にわたり断り続けていたとか。果たして彼女は最初どんな心境でグラビア出演のオファーを受けたのか。デビュー時からのエピソードとともに聞きました。


週刊プレイボーイ2014年11月10日号(撮影/樂滿直城)より


ーー都丸さんは中2の頃、スカウトされて現在の事務所に入ったそうですね。


都丸 そうです。地元の群馬県から友達と東京に遊びに出かけた際、声をかけていただきました。名刺をみたら、所属タレントの名前が書いてあって、その中に若槻千夏さんがいたんです。「すごーい! ここに入れるんだ!」って、びっくりしたのを覚えています。


ーーもともと芸能界に入りたいと思ってたんですか?


都丸 それほどでもなかったです。テレビに出てみたいなぁと思ってた程度。でもスカウトされた直後はすごく不安になりました。電話番号をお伝えしたところ、何度もかかってくるんです。もしかしたら怪しい人にひっかかったかなって、怖くなっちゃって。ママに説明して、会社に連絡してもらい、結果、事務所に入ることになりました。


ーー最初の頃はどんな活動を?


都丸 オーディションを受けながら、事務所が運営するカフェでアルバイトしていました。そこは現役アイドルがスタッフとして接客するお店で。当時、まだ群馬から通っていたので、バイト代は交通費で消えましたけど(笑)、ファンの方と触れ合う経験をさせていただきました。そのアルバイトを1年くらいやった後、今度は事務所が立ち上げた秋葉原化劇団って少し変わった劇団に参加しました。


ーーどんな劇団だったんですか?


都丸 在籍しているのは十数名の女のコだけなんですけど、毎週、演出家さんやダンスの講師を迎えて公開レッスンを行なうんです。ファンの方に見守っていただきながら本公演に臨む、みたいな。でもその公開レッスンが本当にキツくて! 毎回、ものすごく怒られるんですよ。「なんでできないんだ?」って。その前に事務所の演技レッスンを受けてはいたんですけど、人前でやる緊張もあるし、なかなかうまい具合にできなくて。文字通り、公開処刑でした(笑)。いつも泣いて、ボロボロになりながら、群馬まで帰りましたね。


ーー途中で辞めようとは思わなかったんですか?


都丸 それはなかったです。他のメンバーも怒られてみんな泣いているんです。みんなで一緒に頑張ろうって。でもあの時、仲間同士で励まし合えなかったら絶対、耐えられなかったと思います。



ーー都丸さんはやがてアイドルグループ・FYT(ファイト)のメンバーとして活動しますよね。それは化劇団の後?


都丸 そうです。FYTは、事務所のマネージャーさんに「今度新しいアイドルグループを作りますよ!」って話を聞かされて、オーディションを受けました。


ーーお芝居に続いてアイドルとは活動の幅が広いですね。


都丸 当時、高校生でしたからね。いろんなことをやりたいって燃えていたんです。でもいま考えてみたら、歌もダンスもやってなかったのに、よくオーディションに受かったなと思います。


ーー秋葉原化劇団で鍛えられて、相当な存在感があったんじゃないですか?


都丸 どうでしょう。でも確かにファンの方の前でたくさん泣きましたから。なんでもやれるぞって気持ちだった気がします。


ーーFYTはユニークなアイドルグループでしたよね。全体は学校のイメージで、五人の各メンバーは教師、ファンは生徒と呼ばれる。都丸さんは「理紗アレキサンダー」という名の理科教師という設定でした。


都丸 そこまでガチガチに学校ってイメージでもなかったですけどね。ワンマンライブの時、授業のようなコーナーはやる程度。それでも歌ったり、踊ったりは、自分的にものすごく新鮮でした。


ーー当時の思い出は?


都丸 その頃は、もう東京で暮らしてたんですけど、毎日レッスンがあって、週末はライブ。メンバーとはずっと一緒で、部活みたいでした。あとファンがみんな熱くて。私、オレンジがイメージカラーだったんですけど、全身オレンジの格好で来てくれる方がいたり。そういえば、私、当時お腹が出ている男性が好きで、よく「かわいい!」って言ってたんです。そうしたら「太ってきたよ」って、Tシャツがぴちぴちになるまで太った体型になった方がいて。それにはめちゃくちゃビックリしました! 気持ちは嬉しいけど、健康が心配になりましたね(苦笑)。


ーー本当に熱いですね(笑)。逆に辛いことはありました?


都丸 なかったです。ライブはいつも楽しかったし、メンバー、ファンの方々、みんな仲よかったし。でも正直に言えば、学校ってコンセプトと「理紗アレキサンダー」って名前には違和感がありました。面白いのはわかるけど当時、高校生でしたからね。アイドルだったら気をてらわずもっとかわいくやりたいのになって、ずっと思っていました。


ーー「理紗アレキサンダー」って名前は運営側からつけられたんですよね。


都丸 そうです。突然、FYTの時はその名前でやってくれって。でもしっくりこないから「アレキ」って呼ばれる度、「はぁ?」って気持ちになりました(笑)。それにその名前で、私がハーフだって誤解する人がいっぱいいたし。


ーー違うんでしたっけ?


都丸 「純ジャパ」です(笑)。でもウィキペディアにはいまだ「別名義:理沙アレキサンダー」って書いてあるんです。あれはただの設定で、勘違いされるからいい加減、辞めて欲しいです!


デジタル写真集『この逸材感、久々』(撮影/樂滿直城)より


ーーまぁまぁ(笑)。さて、都丸さんがヤングマガジンで初グラビアを披露したのはまさにその時期でしたよね。


都丸 ちょうどFYTをスタートした頃だったと思います。じつは事務所に入った頃から「グラビアをやらないか」と言われていたんです。でもそれまで水着を着たことがなかったし、あと「グラビア=エッチなもの」だと思っていたので、お断りしていたんです。


ーー当時、体型も気にされていたと聞いたことがあります。


都丸 それもありますね。おばあちゃんに似て、胸が大きいのがずっとコンプレックスだったんです。着るものとか姿勢とか常に目立たないよう気を遣っていました。それだけに胸が見える水着姿で、写真に撮られるなんて考えられなかったんです。


ーー一体、どんな心境の変化で?


都丸 事務所の方が熱心に声をかけてくださるので、どんな人がグラビアをやっているんだろうと思って調べてみたんです。そうしたら深田恭子さんをはじめ、有名な女優さんがやっているのを知って。それで俄然、自分もやってみようかという気持ちになりました。


ーーご両親は何か言ってました?


都丸 それは何も。うちの親は好きなことはなんでもやってみなさいって方針なので。


ーーご自身の意思でやることを決めたんですね。


都丸 はい。ただいざとなると撮影までは複雑でした。新しいことに挑戦するワクワクはあるんですけど不安もあって。大丈夫かなってちょっと思いました。


*第12回後編は、12月8日(水)配信予定です



都丸紗也華(Sayaka TOMARU)

1996年9月26日生まれ 群馬県出身

女優、タレント。『所さんの目がテン!』(NTV)に出演中。

2021年12月3日(金)~5日(日)「舞台版 マーダー☆ミステリー ~探偵・斑目瑞男の事件簿~」(浅草花劇場/浅草花やしき)

*都丸さんは12月5日12:00〜に出演。

https://bandainamco-am.co.jp/am/vg/murdermystery/

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