週刊プレイボーイ創刊55周年スぺシャルインタビュー『7日間の女神たちへ!!』~2006年の熊田曜子①~

“週プレ”の華はいつの時代も、その時代に生きる日本中のオトコたちの心と体をつかんだ、他の雑誌よりページ数が断然多い、そのとき日本で一番のオンナたちが彩る「グラビア」ページだった!


そんな各時代の誌面に登場してくれた“伝説のオンナ”たちに会いに行き、グラビアの魅力を改めて紐解くインタビュー連載企画。その第3回目には今年39歳を迎えた、レジェンドグラビアアイドルの熊田曜子が登場。彼女に話を聞きながら、グラビアの魅力を再発見してみたい。


取材・文・インタビュー写真/大村克巳





* * *


生きにくい世の中で闘い続ける読者に、週プレが提供し続けてきた「グラビア」というオアシス。


快楽と癒しの女神として現役最年長と言っても過言ではない「熊田曜子」。


アスリート並のストイックさで妖艶な肢体を維持し続ける彼女の、グラビアにかける情熱を聞かせていただいた。


――熊田さんは今年で芸能生活20周年なんですね。


熊田 そうです。20周年です。


――体が資本ですから、精神的にもリフレッシュが必要ですね。


熊田 私の場合グラビアしか居場所がなくて……。


――20年続けるってすごいです。この世界に興味をお持ちになられたのは、いつ頃からですか?


熊田 子供の頃からそう思ってました。漠然とですけど。高校2年生の時には芸能界に入ることを具体的に考えるようになってました。


――地元では、ずいぶんおモテになられたんでしょう?


熊田 そんなことないです。すごく太ってましたし。今より13kgプラスだったんですよ。


――そこからプロポーションを作ってきたんですね。


熊田 そうですね。太っていたから胸が残せたってことはあると思います。私がそうだったように胸の大きな人で昔太っていた人、割と多いですよね。


――グラビアデビューのきっかけはどんな感じでした?


熊田 もともとグラビアをやりたくて、今の事務所に応募したんです。20年前デビューした頃は、女優さんや歌手になるためのステップと考えていた人が多かったように思います。でも、私は最初からグラビアやりたいって事務所に言いました。


――グラビアの仕事が入るまで、下積み時代に競艇場で営業とかされてたんですね。


熊田 はい。『キューティーハニー』の曲に合わせて踊ったりしてました。「競艇ハニー」って(笑)。


――で、心も体も鍛えられて、いよいよ週プレ登場ですね。


熊田 週プレはグラビアに出たい人にとって「王様」のような雑誌ですから。


――2003年の6号、カメラマンは塔下(智士)さん。初登場のグラビア覚えてますか?


熊田 覚えてます。はっきりと。


――出だしから勢いを感じます。早々と2回目には表紙を飾っている。


熊田 週プレに掲載されるまでは結構いろんな雑誌に出ていました。でも大きな目標として、キオスクやコンビニに置かれる『週刊プレイボーイ』に出たい、というのがありました。


週刊プレイボーイ2003年22号より(撮影/塔下智士)


――そうですよね。全国区で、地方の人にも届けたいですよね。週プレのロケの思い出なんかはありますか?


熊田 週プレで最初に沖縄ロケに行かせていただきましたね。


――表情もイキイキしてますよね。


熊田 グラビアの仕事はずっと楽しいんです。私が撮影が嫌な時って太っちゃった時で、自分が悪いだけなんです。


――このインタビュー前に、これまでのグラビアを見させていただいて気が付いたんですが、熊田さんの写真は迫って来る感じがします。受け身じゃなくてね。


熊田 好きだからですかね。


週刊プレイボーイ 2003年48号より(撮影/塔下智士)


――熊田さんは以前、「グラビアは鮮度が大事」だとおっしゃっていたのですが、そこは意識していたんですね。


熊田 意識はすごくしています。今もやっぱり、長くやっていたい。一枚の写真から、この子はどんな子だろうとか、自分の理想の女の子を想像してもらうのがグラビアの醍醐味だと思います。


私はたくさん作品を出させてもらっているので、そういう意味ではデビューしたてのコの方が強いと思います。だから、デビュー作に勝てるものはないかと。ただ、時を重ねて来たからこそできる表現もあると思うんです。


――アジア進出とかアリですよ。韓流ドラマとか僕は見ますが、韓国でものすごく有名な方でも僕にとっては初めまして、ですから。魅力的だから惹かれるわけです。


熊田 なるほど、そうですね。


――創作のモチベーションとして、一枚の写真から「この子はどんな生い立ちで、どんな恋愛をして」とか、あらゆる妄想に耐えられる自分を作りたい、ということなんですね。


熊田 はい。


――熊田さんはアグレッシブだし、グラビア道を追求している。モデルとしていつも心掛けていることってありますか?


熊田 私は太りやすいので、食には気をつけてました。ぽっちゃりの時もあったけど、カメラマンさんのテクニックでなんとかしていただいてたんでしょうね。


★第2回は、7月25日(日)配信予定です


熊田曜子(くまだ・ようこ)

1982年5月13日生まれ。岐阜県出身。

2001年に芸能界デビュー。ゼロ年代に各グラビア誌の表紙を総ナメにし、バラエティ番組でも活躍。岐阜県出身であることから「飛騨・美濃観光大使」にも任命され、岐阜についての記事、情報も発信している。


●大村克巳(おおむら・かつみ)

1965年、静岡県生まれ。写真家。

1986年にJPS展金賞受賞し。99年ニューヨーク・ソーホーでギャラリーデビュー。

2002年日韓交流事業「済州島」を日本と韓国で発表し、

2009年から2017年より毎年「NEWS ZERO展」を開催する。

個展、グループ展の開催多数。

著書に写真集『伝言 福山雅治』(集英社)、

『はだしのゲン 創作の真実』(中央公論新社)など。

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