週刊プレイボーイ創刊55周年スぺシャルインタビュー『7日間の女神たちへ!!』~2006年の熊田曜子②~

“週プレ”の華はいつの時代も、その時代に生きる日本中のオトコたちの心と体をつかんだ、他の雑誌よりページ数が断然多い、そのとき日本で一番のオンナたちが彩る「グラビア」ページだった!


そんな各時代の誌面に登場してくれた“伝説のオンナ”たちに会いに行き、グラビアの魅力を改めて紐解くインタビュー連載企画。その第3回目には今年39歳を迎えた、レジェンドグラビアアイドルの熊田曜子さんが登場。彼女に話を聞きながら、グラビアの魅力を再発見してみたい。


取材・文・インタビュー写真/大村克巳





* * *


――ところで、熊田さんは岐阜のご出身なんですね。僕はてっきり東京の人だと勝手に思ってました。


熊田 全然。めっちゃ田舎です。(笑)


――熊田さんのような美女はそうはいないでしょうけど。都会的な高い料金のお店にいそうな感じがします。


熊田 そうですか?


――プロフィールを見せていただいて、あらためて気付かされました。写真集の数がすごいですね。これはギネスものでしょう。


熊田 ギネス、申請したいですね。頑張ってる途中です。


――これだけ多くのカメラマンに撮影されると、中には全然合わない人と出会ったりしませんでしたか?


熊田 それが、いないんです。話しながらの撮影とか、黙々と撮影されるとか、カメラマンさんのスタイルはありますが、全部よかった。


――すごいですね。熊田さんの気持ちの合わせ方が素晴らしいです。撮影も回を重ねて、コツみたいなものを掴むのが早かったのかな? 一番始めの、2003年の表紙登場の時から肝が据わっている。


熊田 20歳ぐらいかな、大人ですからね。


週刊プレイボーイ2004年17号より(撮影/井ノ元浩二)


――ロケも国内外といろんな所で撮影されてますね。印象に残っている場所とかありますか?


熊田 オーストラリアに行ったのに外での撮影が一枚もないとか(笑)、廃墟とかホテルのスイートルームとか。いっぱい行きましたね。フィルムで撮影してポラ待ちとか、懐かしいです。楽しかった。


――グラビアが肌にあっていたんですね。


熊田 昔からセクシーだったりかわいい写真を見るのが好きだったんです。中学生の時にお小遣いで写真集を買って、好きなポーズの写真を壁に貼っていました。今は自分が貼られる側になっていて楽しいです。「自分がやるとこうなるんだ」って。


――グラビアを始めた頃に影響を受けた方はいましたか?


熊田 井川遥さんのグラビア写真を家族に見せて「私もやりたい」って説得したのはよく覚えてます。井川さんのようにはできなかったですけど。表情とかも出せなくて、すぐに無理だって気づきました。私は「圧」のある攻撃的な写真が多いかなと思います。


――それは自分が決めたの?


熊田 いや、違います。本当は太陽の下でニコニコしたかった。でも、最初から網タイツとレザーが用意されてたとか、そんな感じです(笑)。暗いところに連れてかれて仁王立ちみたいなポーズとか、多かったです。


週刊プレイボーイ2004年37号より(撮影/井ノ元浩二)


――そうでしたか。熊田さんのグラビアがそこからのスタートだったんですね。週プレではどんなテイストで入っていきました?


熊田 週プレでは、艶っぽくて肌感がすごく伝わる感じかな。


――特に自分の体で「売り」にしていたところはありますか?


熊田 最初はバストって思ってました。ですが、グラビアをやっていく中で、ウエストが綺麗に見えるポーズを意識していくようになりましたね。


――ポーズの研究に余念がなかったわけですね。


熊田 そうですね。フィルム交換の間にポーズを変えたりしていましたね。いろんな表情があった方がいいと思って。今はデジタルですもんね。


――それがいいことかどうかは、わからないですね。便利にはなったけど。以前は、仕上がりまでカメラマンが背負う醍醐味がありましたから。


熊田 そうなんですね。


週刊プレイボーイ2005年8号より(撮影/小池伸一郎)


――グラビアならではの設定として「畳の上で水着」の意味がわかるとおっしゃってましたね。どんなふうに理解されていましたか?


熊田 20代に入った頃、「水着で、畳の上で、なおかつ靴下脱がなくっていいよ」とか言われたりしたんです。靴下と水着って、絶対おかしいじゃないですか?(笑) その、不自然さを求められてると思ったんです。


――水着が水着の役割をしていない感じがいい、と言うことですね。


熊田 そう。全部それ。泳ぐとなったら水着じゃない(笑)。


――この件はカメラマンの立場で説明いたしますね。


熊田 教えてください。


――たくさんグラビアに出ている熊田さんだからこそ、誰も見たことのない熊田さんを撮って、読者に届けたい。ロケーションは熊田さんとスタッフのテンションを上げるため、ですね。そこでこれまで以上のインパクトが生まれれば、極端な話、ハワイでも畳でもいいんです。読者はハワイを見たいんじゃなくて、熊田さんを見たいわけだから。


熊田 なるほど。そういうことだったのか。


★第3回は、8月8日(日)配信予定です


●熊田曜子(くまだ・ようこ)

1982年5月13日生まれ。岐阜県出身。

2001年に芸能界デビュー。ゼロ年代に各グラビア誌の表紙を総ナメにし、バラエティ番組でも活躍。岐阜県出身であることから「飛騨・美濃観光大使」にも任命され、岐阜についての記事、情報も発信している。


●大村克巳(おおむら・かつみ)

1965年、静岡県生まれ。写真家。

1986年にJPS展金賞受賞し。99年ニューヨーク・ソーホーでギャラリーデビュー。

2002年日韓交流事業「済州島」を日本と韓国で発表し、

2009年から2017年より毎年「NEWS ZERO展」を開催する。

個展、グループ展の開催多数。

著書に写真集『伝言 福山雅治』(集英社)、

『はだしのゲン 創作の真実』(中央公論新社)など。

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